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2011.06.21
引越します。

現在住んでいる埼玉から、実家に引っ越すことになりました。
20年以上住み慣れたこの地を去るのは、ちょっと表現できない感慨があります。でも、そんな気分に浸っている間もなく、厳しい現実が。いざ片付けようとすると、出るわ出るわゴミの山。処分するしかない家具や家電、今は捨てる方がお金がかかるんですものね。
引越し先が遠方なので、引っ越し業者さんにお願いすると×十万円かかるんですって。なので、できるだけ運ぶ荷物は少なくしようと必死になっている今日この頃です。
実家に帰るので不要になる、冷蔵庫や洗濯機、パソコンやテレビ、タンスの果てまで、処分するとなるとこれまた×万円かかります。それに、賃貸の部屋なので、ハウスクリーニングも大変です。イライラ、もうー、どうしてくれるのぉ。
しばらく精神的にも身体的にも余裕がないので、当分ブログはお休みです。
2011.06.15
本当の優しさって? その2
「優しくされたい症候群」は難しいです。愛されたい、優しくされたいと、自分の心の安定を他人にお願
いしてしまう依存体質を変えない限り、当然ながら「自立」はできない。でも依存体質を変えるには耳
に痛いこと、厳しさを受け入れることが必要なんですけどね。
不思議なことに、こういう人の方が結構周囲にも受け入れられて、幸せな人生を送ったりします。日
本人は「和」を尊ぶ民族ですから、余計にそうです。でも、「和」の心って一般的にどう解釈されている
のでしょう。自己保身や無責任を動機とする見せかけの「調和」を「和」と錯覚している人が多いのでは、と考えるのは行き過ぎでしょうか。また、日本人には「判官びいき」という質もありますものね。弱い者に優しいんですよ。本当に日本人って「優」「和」「善」の民族ですよね。
私も若いころは、結構自分可愛さからうわべだけの笑顔だったり、無責任に周囲に調子を合わせたりもしてました。正直言ってどこか空しい思いがありました。更に、周囲の誰かがいがみ合っていたりすると中に入って調停役をかってみたり、問題を抱えて落ち込んでいる仲間がいると一生懸命手助けしたり、そんなことも善意から、と自分では思ってやっていました。これも、今考えると少し違うんですね。結局周囲が険悪だったり他人が不幸そうだったりするのを見ている自分が辛いから、自分の重荷を解消するために動いていたのが本当のところだと思います。根底には自分の辛さから逃げたいという自己保身、自己中が潜んでいたのです。
見ているのが辛い、というのは「優しい」からじゃないの? という反論もあると思います。私もそこのところは確信はありません。でも、可哀そう、とすぐ手を差し伸べるのが相手にとっていい時期なのか、自力で克服するのを見守る(時にはそれとなく力づけてあげる)のがいい時期なのかを考えて行動することが、相手に対する真の思いやりなのではないかと、今は考えます。全て、自分に向けるべき問題ですね。
「時期」ということで考えると、人はそれぞれ生における試練の段階が違うということにも気付きました。はたから見てあまったれさんと見える人でも、その人はその人なりに一生懸命生きている、自分なりの試練と戦っている(多分)、その人の魂はそういう時期なのですね。これは大宇宙の決定したこと、私なんぞが口出しすることではありません。
今は「乙女座」の「土星」の影響を強く受けているせいもあるのでしょうが、相手にはしっかりと向き合うようにしています。無責任なお世辞やお愛想とは無縁です。典型的な「可愛くない女」かなぁ。そのせいで、やはり感覚的な「優しさ」が好きな人には嫌われますが、仕方ないことです。
結局、本当の優しさって、相手が自分の力で自分の人生を切り開いていけるようサポートすること、でも、今自分がどうすることが相手のとって最も良いことなのかを、感情とは切り離して考えてから動くこと、だと思ます。相手にとって優しそうに見えようが見えまいが気にすることはない、要は、相手ではなく自分自身の問題だから。そういうことに落ち着きました。優しそうでないと敬遠される・・・、これにも慣れましたし・・・ね。
2011.06.14
本当の優しさって? その1
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以前、真剣に考えたことがありました。本当の「優しさ」って何だろう、ということ。当時は私も血気盛んだったので、と言えば聞こえはいいけど、要は人間が小さかっただけ。なので、以下に書いていることは我ながらすっごい過激だと思うけど、でもいいんです、言っちゃいます。なぜなら、その当時最高に腹の立った経験を、自分なりに分析して納得できた結論だったので。引いちゃう人は引いちゃっていいですよ。でも、しつこいけど言い訳だけさせてね、その頃はまだ私、若かったんです。
よく「優しそうな人」という表現をしますね。この「そう」がくせものです。一見「優しげ」ということでしょ? 要は見かけ、表面的なことですよね。単に優柔不断さが優しさと見えることもありますが、実は優しくする方もされる方も、自分の錯覚に気付いていないんじゃないのかな・・・。
優しくする側は、そうする自分が周囲に優しい人間と思われることでメリットがありますね。きつい言い方をすれば、人に悪く思われたくないという自己保身からくる演技とも言え、「人に優しい自分自身」という錯覚によって自己満足が得られて心地いいでしょう。
職場でも友人同士でも、自分を抑えて内心の感情に反する柔和さ・調和を演出したところで、所詮はその場しのぎでしかありません。逆に相手をないがしろにする、本気で向き合おうとしない態度ではないでしょうか。この人は当たり障りなく接していればいい、真剣に相手になる価値はない、と言っているようなものです。相手が子供ならいざ知らず大人に対してのそういう無責任な優しさは、一人前の人間扱いをしていないということです。
優しくされて満足する方は、基本的に優しくされたい、とにかく感覚的に自分を優しく受け入れてくれる相手がほしいのです。甘やかしてほしいのです。今、ここしか見ない、苦しい辛いことはイヤ(誰でもそうですが)、誰かが代わりにやってくれればそれに越したことはない、怠惰とも言えます。将来のこと、自分を成長させることなど殆ど頭にないでしょう。だから、自分に優しくしてくれる人はいい人、厳しく接する人は悪い人、単純に子供のような捉え方をしたりします。
こういう人は、試練を自分のレベルアップするチャンスという考えは持ち合わせませんので、間違ってもお説教めいたことは言わない方がいいです。相手は苛められたとしか受け取りませんし、甘ったれさんですから周囲に苛められた可哀そうな自分を吹聴して、同情を集めて優しくしてもらえて嬉しい、逆にこちらはバッシングされかねません。こういう場合はもう、触らぬ神に祟りなしでいくしかありません。
当時を思い出したら少々カッカしてきたので、今日はこの辺で・・・、続きは明日。
2011.06.13
「座右の銘」で検索したら・・・

今日はたまたま必要に迫られ「座右の銘」でネット検索してたら「うそこメーカー」なるものに出会いまし
た。そう言えばかなり前に話題になっていたような・・・、興味がわ いて名前を入力してみました。
「脳内メーカー」では私の脳は「友と迷に埋められていて、その間にちょっとだけ食」が。フンフン、確かに迷いの多い人生だし。「前世の脳内メーカー」は「勢と遊ばっかりの中に祭が少々」、ハハァ、この反動が今の脳内の状況というわけですね。
このシステムは、名前を入力するとその人の様々な面が表示される、占いではないゲームとのこと。次々と新作が出ているらしく、「相性のいい人」「憑いている悪魔」「真人間通信簿」「鞄の中身」・・・すごい数です。
私の「座右の銘」は「水とご飯 それと君がいればいい」。いや、そんなに飄々とは生きられません。「兜」は「風」の文字を冠したもので、直江兼続の「愛」ではないけれど、私は確かに占星術上では火地風水の「風」の要素が優勢な人間です。気象上の風に吹きまくられるのは勘弁してほしいけど。
私の「10年」は、結構おもしろい。2010年:年中妄想(確かに)、2011年:豪遊(全然違うじゃん)、2012年:脱皮(お、期待できるぞ)、2013年:危機一髪(よし、兜の緒を締めてかかりましょう)・・・2016年:魅力アップ(フンフン)、・・2018年:絶頂期(ついに来たか!)。嘘でも励みになります。
「四字熟語」は、私「冒険不足」ですって。うーん、これが四字熟語かどうかは別として、確かに冒険心に欠けているのは間違いありません。私の「弁当」は 「茸に埋め尽くされてその真ん中に梅ひとつ」・・・¥1200の値札シールが貼ってあったから多分「茸」はマツタケ? 私は菜食主義っぽいから、まぁ、あたってるかなぁ。
私の「1か月」はすごいですよ。「毎日が悩の日々、2日だけ合コン」。「美人メーカー」は「超美人」と出ました。うそこさん、当たってますぅ!? 「地獄メーカー」では私の末路は「超絶くすぐり地獄」でした。私は極度のくすぐったがりなので、これは罰としては間違いなく地獄ものです。
「詳細年齢メーカー」はちょっとおかしくない? だって、 精神年齢51歳はよしとして、肉体年齢7歳なのに肌年齢は70歳って、どういうこと? こればかりは納得できません。
それにしても、こういう仕掛け、よく考えるものですね。うそこさん、あなたの脳内はどうなってるの? いつも流行に乗り遅れてしまう私ですが、つかの間楽しく遊ばせていただきました。ありがとう。
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