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2011.06.14
本当の優しさって? その1
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以前、真剣に考えたことがありました。本当の「優しさ」って何だろう、ということ。当時は私も血気盛んだったので、と言えば聞こえはいいけど、要は人間が小さかっただけ。なので、以下に書いていることは我ながらすっごい過激だと思うけど、でもいいんです、言っちゃいます。なぜなら、その当時最高に腹の立った経験を、自分なりに分析して納得できた結論だったので。引いちゃう人は引いちゃっていいですよ。でも、しつこいけど言い訳だけさせてね、その頃はまだ私、若かったんです。
よく「優しそうな人」という表現をしますね。この「そう」がくせものです。一見「優しげ」ということでしょ? 要は見かけ、表面的なことですよね。単に優柔不断さが優しさと見えることもありますが、実は優しくする方もされる方も、自分の錯覚に気付いていないんじゃないのかな・・・。
優しくする側は、そうする自分が周囲に優しい人間と思われることでメリットがありますね。きつい言い方をすれば、人に悪く思われたくないという自己保身からくる演技とも言え、「人に優しい自分自身」という錯覚によって自己満足が得られて心地いいでしょう。
職場でも友人同士でも、自分を抑えて内心の感情に反する柔和さ・調和を演出したところで、所詮はその場しのぎでしかありません。逆に相手をないがしろにする、本気で向き合おうとしない態度ではないでしょうか。この人は当たり障りなく接していればいい、真剣に相手になる価値はない、と言っているようなものです。相手が子供ならいざ知らず大人に対してのそういう無責任な優しさは、一人前の人間扱いをしていないということです。
優しくされて満足する方は、基本的に優しくされたい、とにかく感覚的に自分を優しく受け入れてくれる相手がほしいのです。甘やかしてほしいのです。今、ここしか見ない、苦しい辛いことはイヤ(誰でもそうですが)、誰かが代わりにやってくれればそれに越したことはない、怠惰とも言えます。将来のこと、自分を成長させることなど殆ど頭にないでしょう。だから、自分に優しくしてくれる人はいい人、厳しく接する人は悪い人、単純に子供のような捉え方をしたりします。
こういう人は、試練を自分のレベルアップするチャンスという考えは持ち合わせませんので、間違ってもお説教めいたことは言わない方がいいです。相手は苛められたとしか受け取りませんし、甘ったれさんですから周囲に苛められた可哀そうな自分を吹聴して、同情を集めて優しくしてもらえて嬉しい、逆にこちらはバッシングされかねません。こういう場合はもう、触らぬ神に祟りなしでいくしかありません。
当時を思い出したら少々カッカしてきたので、今日はこの辺で・・・、続きは明日。